平安京復元模型



 

連日、車の中の温度計が42度。

 

体温をとっくに通り越した猛暑がずっと続いている京都です。

 

先週末、東京からお家探しにお越しくださったお客様は、逢うなり「京都はサウナやん!」とおっしゃってました(笑)

 

外でウロウロはヤバいので短時間勝負ですかね。

 

閑話休題。

 

先日、所用があって中京区にある京都アスニーに立ち寄ってきました。

 

無事に用事も終わり、帰ろうかなとフト展示を見るとNHK大河ドラマ「光る君へ」の看板に目が。

 

往時の平安京の復元模型が「光る君へ」のオープンニング場面で使われてるとのこと。

 

恋愛ドラマの名手の大石さん脚本とのことで、視聴率も上がり続けてるようです。

 

京都アスニーには縮尺1/1000の日本最大級の「平安京復元模型」が常設展示してあります。

 

これは圧巻。

 

平安京復元模型は、平成6年、平安建都1200年記念事業の一環として制作されました。

 

縮尺1/1000(東西4.5km、南北5.2km)で、我が国最大級の歴史都市復元模型であり、考古学、歴史学、地理学、建築学等の研究者らによる2年5ヶ月にも及ぶ討議に基づき、その研究成果を結集して完成しました。

 

そして平成30年3月、

 

今まで展示が出来ていなかった上賀茂神社や神護寺、高山寺のほか仁和寺など、平安京の歴史を知るうえで重要な建造物が含まれた北西部側エリアを加え、模型全体の展示を開始しました。

 

三山に囲まれた平安京の立地環境を理解するうえで重要な要素となる自然環境も、一望することが出来ます。

 

豊楽殿の解説です。

 

豊楽殿とは、外国の使者を迎えての宴会、大嘗祭など、国家的饗宴を行う施設である豊楽院の正殿として建設されました。

 

東西約46m、南北23m、朱塗りの柱と白壁の華やかな唐風の大建築であり、屋根の大棟の両端に緑釉の鴟尾をのせ、軒先にも緑釉瓦がアクセントを添えていました。

 

「光る君へ」の主人公の紫式部と藤原道長ですが、意外と知らないことも多かったです。

 

紫式部の生没年に関する近年の研究では、天禄元年(970年)から天元元年(978年)の間に生まれ、少なくとも寛仁3年(1019年)までは存命した。

 

藤原 道長(ふじわら の みちなが、康保3年〈966年〉- 万寿4年12月4日〈1028年1月3日〉)は、平安時代中期の公卿。藤原北家、摂政関白太政大臣・藤原兼家の五男。後一条天皇・後朱雀天皇・後冷泉天皇の三帝の外祖父。

 

ちょうど1000年以上昔の京の都で、藤原道長と紫式部のお二人が歩いていただろうと思われる大路や、住まいの跡はこの辺りと想像しながらブラブラしてました。

 

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